建物の概要
いろは丸事件
 坂本龍馬が率いる海援隊は伊予大洲藩所有の蒸気船「いろは丸」を借用し、武器や商品を積んで慶応3年4月19日(1867年5月22日)に長崎を出港した。大阪に向け瀬戸内海を東へと航海中の4月23日23時頃、長崎に向け同じく瀬戸内海を西へと航海していた紀州藩の軍船「明光丸」と岡山県六島沖で衝突した。45馬力・160トンのいろは丸に150馬力・870トンの巨船(明光丸)が衝突したのだから結果は火を見るより明らかで、いろは丸は大破し、自力航行は不可能になった。乗組員全員が明光丸に乗り移った後、いろは丸は明光丸に曳航されて鞆港に向かったが、風雨が激しかったために宇治島沖で沈没してしまった。これは日本初の蒸気船同士の衝突事故であった。
 その後、龍馬は紀州藩を相手に決死の談判を行ない、4月24日から紀州藩側が用意した魚屋萬蔵宅や対潮楼で昼夜を問わず交渉を重ねたが決裂し、明光丸は27日に長崎へと出港してしまう。交渉の場を長崎に移し、土佐藩が外国の事例に当てはめた話し合いを設定すると紀州藩は折れ、最終的に7万両の賠償額を龍馬は勝ち取ることとなった。
いろは丸事件の賠償交渉は日本で初めて国際法にのっとって行われ、近代的な海事裁判のさきがけとされている。同時に、御三家の1つである紀州藩から賠償金を引き出した龍馬の勇気と交渉力が特筆される事件でもあるが、龍馬自身は賠償金を受け取る前に暗殺されている。いろは丸が沈没した場所は1990年2月、水中遺跡に指定された。


上の写真は、竜馬が鞆の浦での交渉中に宿泊していた升屋清右衛門宅。
紀州藩による暗殺を恐れ、この家の隠し部屋に身を潜めていた。

「魚屋萬蔵宅」から「御舟宿いろは」へ
 いろは丸事件における賠償交渉の場である魚屋萬蔵宅は、修復作業の際に行なった広島大学の三浦正幸教授の調査により、江戸時代後期に当たる18世紀後半に建てられたと推測されている。また、賠償交渉の場は2階だとされていたが、2階部分は明治時代以降に増築されたことが判明し、慶応3年に起きた事件の交渉が行われたのは1階の8畳間であると断定された。
 旧町役人の家である魚屋萬蔵宅はその後も増改築が繰り返されたが、戦後になってから建物の通りに面した部分に近代的な増築が施され、周囲の建物と違って伝統的な外観を大きく損ねることとなる。長く呉服屋として使われていたが、2001年に空き家になり、2003年には所有者が手放したため売りに出された。なかなか買い手が付かず取り壊しの危機にあったが、地元のNPO「鞆まちづくり工房」が1100万円の借り入れを行なって購入し、旅館兼店舗として再生していくこととなった。
 改修にあたって「鞆・Heiwa Architect5」と名付けられたプロジェクトチームが作られたが、これは平和建設の若手建築士が中心となり、ボランティア精神あふれる28業種が集まった特別チームであった。また、2004年5月にはアメリカン・エキスプレスが10万ドルの改修費を助成した。2004年11月10日に工事が始まり、2005年に鞆の浦に滞在していた宮崎駿監督がイメージスケッチを描き、それを元に2007年11月に完成させた。完成直前の11月15日から18日にかけて、坂本龍馬の誕生日(命日でもある)に合わせて建物の内部が初めて一般公開され、翌2008年の6月に旅館「御舟宿いろは」(おんふなやどいろは)としてオープンした。

宮崎駿監督の関わり
 宮崎駿監督が御舟宿いろはのイメージスケッチを描いたことは前述したが、当ウェブサイトの趣旨を踏まえ、最後に監督がどのような経緯で修復プロジェクトに関わったのかを詳しく説明したいと思う。
 宮崎監督は2度鞆の浦に滞在して「崖の上のポニョ」の構想を練ったのだが、監督をはじめとするスタジオジブリのスタッフが社員旅行で鞆の浦を訪れたのは2004年11月のことだった。これは、当時スタジオジブリの機関誌「熱風」に「NGO、常在戦場」というタイトルで自身の活動を連載をしていた大西健丞氏が、旅行先に鞆の浦を薦めたからであった。大西氏は国際協力NGO「ピースウィンズ・ジャパン」の代表者であり、また「鞆まちづくり工房」の顧問も務めている。社員の宿泊先を手配するなど、「鞆まちづくり工房」はスタジオジブリの社員旅行に協力し、また、宮崎監督も同組織が主導する旧魚屋萬蔵宅の修復作業に興味を持つこととなった。
 2005年春、宮崎監督は休暇で鞆の浦に2ヶ月間滞在し、修復後のイメージをペンや水彩で描いたスケッチを約20枚贈った。「新しい物好きだった龍馬の性格ならではの雰囲気に」という監督のコンセプトの下、伝統的な町家の窓の一部にカラフルなドイツ製ステンドガラスが6枚はめ込まれ、石造りの大きな風呂も設置された。宮崎監督は浴室の入口にある暖簾に書かれた「倉」の字もデザインし、改修された建物を「御舟宿いろは」を名付けた。

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