ジブリの絵職人 男鹿和雄展

2007年9月某日、東京都現代美術館で開催されている「ジブリの絵職人 男鹿和雄展」に行ってきました。
「となりのトトロ」以降、主にスタジオジブリ作品の背景スタッフとして多大な功績を残してきた男鹿和雄さんの初の個展ということで、ジブリファンとしては始まってすぐにでも行きたかったのですが、7月下旬は仕事が忙しかったので行けず、
さらにmixiなどのSNSでは「非常に混雑している」という情報が流れていたので夏休み期間中は断念し、結局9月まで
先延ばしになっていたのでした。


9月も休日はかなり混雑していることを耳にしていましたが、平日に休みを取ることができなかったので、それを覚悟で行くことにしました。
開館時間(10時)の20分前に東京都現代美術館に到着。ここに来るのは2004年の「漫画映画の全貌展」以来です。
しかし、すでにチケット売場と入場口の前には行列ができていました・・・。
アニメーション好きの私からすると、今回よりも「漫画映画の全貌展」の方がずっと価値のある展示会なのですが、
「ジブリ」のブランド効果はやはり凄いようで、今回の方が圧倒的な集客を誇っていました。
(「漫画映画の全貌展」もスタジオジブリ作品を扱ってはいましたが、今回ほど「ジブリ」ブランドを前面に出していませんでしたし、宣伝にもあまり力を入れてなかったと記憶しています。)

チケットを買うまでに10分、入場するまでに15分もかかり、気がついたら10時を過ぎていました。
入場してすぐに男鹿さんのプロフィールが紹介されていて、その後に第1章「背景:テレビから映画へ」のスペースが
続いていました。
このスペースでは、男鹿さんの小林プロとマッドハウス時代の背景画や美術ボード、美術設定が展示されていました。
男鹿さんと言えば「となりのトトロ」や「おもひでぽろぽろ」のように日本の風景を描くのが得意なのですが、「幻魔大戦」では崩壊するニューヨークの背景画を担当していました。
スタジオジブリ時代の美術ボードや美術設定は男鹿さんの2つの画集で見ることができるのですが、それ以前のものを見たのは今回が初めてであり、とても貴重な機会でした。年配の方が、「侍ジャイアンツ」や「ガンバの冒険」の背景画を見て懐かしがっていたのが印象的でした(笑)。

第1章「背景:テレビから映画へ」のスペースを見終わると、そこから第2章のスペースまでは狭くて暗い通路で繋がっていました。途中、通路の壁に2つの穴があいていて、中を覗くとそこにはトトロのねぐらが結構忠実に再現されてました。
大トトロが仰向けになって寝ており、ご丁寧にも大きなお腹が上下に動いていました(笑)。ここを通る時は皆トトロのねぐらを覗き込むので、なかなか前へ進むことができませんでした。

通路を過ぎると、第2章「投影:ジブリ作品に想いを映す」のスペースが広がっていました。
ここでは「となりのトトロ」以降、男鹿さんが制作に携わったスタジオジブリ作品の背景画や資料がほぼ時系列順(スペースの都合上なのか、一部順序が違っています)に展示されていました。やはり、第1章に比べて展示物が非常に充実していて、ここが今回の展示会のメインなのだと実感させられます。
男鹿さんが美術監督を務めた「となりのトトロ」、「おもひでぽろぽろ」、「平成狸合戦ぽんぽこ」、「もののけ姫」の4作品の展示スペースが他のスタジオジブリ作品のそれに比べて広くとられていて、背景画や資料の数も多かったです。
私はというと、背景画よりも普段なかなかお目にかかれない美術ボードや美術設定を重点的に見ていたので、背景画を重点的に見ている多数派の人たちほど人ごみに悩まされることはありませんでした(笑)。

第2章が終わると、吹き抜けを横に見ながら通路を抜け、第3章「反映:映画を離れて」のスペースに進みます。
ここでは、アニメーション以外での男鹿さんの様々な活動が紹介されていました。
私は「ねずてん」、「種山ヶ原の夜」などの作品は目にしていたのですが、吉永小百合さんとのコラボレーションである「第2楽章」を見るのは初めてでした。男鹿さんの活動の幅広さを改めて感じました。

第3章で1階の展示が終わり、エスカレーターで3階に移動します。
3階に昇ってすぐの所に男鹿さんのアトリエの机が再現されていて、この机の上で実際に男鹿さんが背景画を作成していく過程を収めたVTRも流されていました。水張りから色の調合、地塗り、調整まで手際よくこなしていくその姿はまさに職人そのもので、思わず画面の前で数分間じっと見入ってしまいました。

VTRを見終わると、次はアニメーションの撮影技法を紹介しているスペースです。
ここでは、アニメーションの制作課程や背景画の果たす役割が解説されていて、実際に映画で使用された背景画やセルブックと、完成した映像を見比べることでアニメーションの仕組みを知ることができます。
展示されていたのは、以下の5つの例でした。

(1)フォロー&パン・・・「魔女の宅急便」より、トンボとキキが自転車で海沿いの道を疾走するシーン
(2)トラックアップ&パン・・・「おもひでぽろぽろ」より、山形の農家で27歳のタエ子が過去を思い出し、画面が移動するとともにそのまま過去の世界へ戻るシーン
(3)ブック引き・・・「もののけ姫」冒頭の、エミシの山々をバックに浮かぶ雲がやがて画面を覆い尽くすシーン
(4)付けパン・・・「もののけ姫」より、アシタカを乗せたヤックルが崖を駆け下りるシーン
(5)密着マルチ・・・「もののけ姫」より、アシタカを乗せたヤックルとタタリ神が森の中を駆け抜けるシーン

(3)・(4)・(5)はセルブックが効果的に使用されているシーンで、入場者の中には「アニメって凄いんだね〜」と感嘆の声を発している人もいました。私もこのスペースは時間をかけて丁寧に見ました。


「アニメーションの撮影技法」のスペースを抜けると、そこからは写真撮影がOKでした。
左は「平成狸合戦ぽんぽこ」の万福寺の、右は「おもひでぽろぽろ」の紅花の畑の背景画を壁一面に再現したものです。



「紅の豚」の、フェラーリンがポルコとフィオを乗せたサボイアを案内するシーンが上映されていました。
右下の写真にある丸窓から中を覗くと、このシーンの風景を見ることができます。


「となりのトトロ」より、サツキとメイの家と大クスノキです。大クスノキのそばには大トトロがいました。
ただ、身長183センチの私より小さかったですから、等身大ではないようです(笑)。


トトロの折紙を作るスペースもありました。用意されていた色は、青、緑、オレンジの3色です。
なぜ灰色が無いのでしょうか・・・(笑)。仕方がないので青を選んで折紙にチャレンジしました。
折紙を折るのは中学生の時以来です。手先が不器用な私はかなり苦戦しました(笑)。
それでもなんとか完成にこぎつけ、マジックでニタ〜っと笑ったトトロの顔を描いて、用意されていた背景画と一緒に撮ったのが右の写真です。


折紙会場では「となりのトトロ」の木の実が巨木に急成長するシーンが流されていて、その裏では男鹿さんが監督を務めた「種山ヶ原の夜」が上映されていました。
展示会の最後はグッズ売り場になっていて、私はこの展示会の図録など書籍を数点購入しました。


全部見終わって会場の外に出てみると、そこには私が入場したときとは比べ物にならない位の人だかりができていて、
つくづく早めに並んでいてよかったと思いました。
入場まで150分という大変な事態になっていて(写真左)、行列は美術館の外まで続いていました(写真右)。

※最後に
今回の「男鹿和雄展」は思っていたよりもずっと充実した展示会で、入場してから観覧が終わるまで2時間近い時間を要しました(折紙で苦戦したこともありますけど)。
アニメーションの背景画とは、本来ならここにキャラクターやメカなど動くものが重なり、カメラワークや効果音、音楽などが加わって画面として完成するのですが、男鹿さんの描く背景画は作品世界を見事なまでに構築しており、今回の展示会のように背景画だけ切り離しても鑑賞に堪えうる芸術の領域に達していると思います。しかしながら、いざ完成したフィルムを見てみると背景画はきちんと脇役に徹していて、主役であるキャラクターやメカが生き生きとその世界を動きまわります。
現在、アニメーションのほとんどはデジタル化していますが、セルアニメの時代は画用紙に描かれた背景画が緻密になると、セルの特性上背景とキャラクターとの間にギャップができてしまうこともしばしばありました。しかし、スタジオジブリ作品の場合はあれだけクオリティーの高い背景画でありながら、セルに描かれたキャラクターが違和感なくその世界に存在していました。
これは男鹿さんをはじめとするスタジオジブリの美術スタッフが、背景画とキャラクターやメカとのバランスを、宮崎さんや高畑さんをはじめとする監督の意図を汲み取って突き詰めてきた賜物であると思います。背景画そのものの緻密さ、繊細さを追求しつつ、抑えるところは抑えて自己主張が過ぎないようにし、主役であるキャラクターやメカを見事に引き立てていました。現在ではスタジオジブリの作品もデジタル化していますが、スタッフのこうした真摯な姿勢はこれからも受け継がれていくことでしょう。
私は単なるアニメーション愛好者で、制作に関しては全くの素人なのですが、今回の展示会で改めて背景職人としての男鹿さんの凄さを実感できたような気がします。また、男鹿さんはアニメーションの制作以外にも様々な活動をしており、これからの更なる活躍を見守っていきたいと思いました。

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