グリーンラインから遊歩道に入る場所にあった案内板です。ここは阿伏兎山森林自然公園の東口にあたります。
写真の右上に赤字で「現在地」と書かれています。阿伏兎観音は左下の岬の先端にあります。
遊歩道をしばらく歩いて右に少し入ったところに展望台がありました。ここが公園内で一番高い場所です。
展望台からは瀬戸内海を一望することができます(写真右)。
展望台を過ぎると下り道になり、しばらく歩くと阿伏兎灯台がありました。
ここのほぼ真下に阿伏兎観音があるのですが、傾斜が急なため回り道しなくてはいけません。
灯台から下って阿伏兎山森林自然公園の西口に出ると、そこは鞆鉄バスのバス停になっていました。
バス停から先は写真のような狭い海沿いの道を10分弱程歩くことになります。
阿伏兎観音は磐台寺の境内にあります。拝観料は100円です。宮崎監督も何度か鞆の浦からここまで歩いて参拝に来ていたそうです。写真右は客殿です。
客殿の裏手に回ると石段があり、そこから観音堂へと昇ることができます。
写真左は石段の踊り場にあった鐘楼です。写真右は観音堂へと続く石段。
「阿伏兎観音」とは通称で、正式名は「磐台寺観音堂」です。お堂は手すりが低く、海に向かって若干傾斜しているために少々怖かったです。しかし、お堂からの海の眺めは最高でした。この観音堂は国の重要文化財に指定されています。
お堂の中は海側から見ることができます。
観音堂の中の様子です。阿伏兎観音は海難除けの他、安産・子育ての守護としても知られ、堂内には女性の乳房の形をした絵馬がたくさん奉納されています。ポニョの本編で、グランマンマーレが「観音様」と呼ばれるシーンがありますが、宮崎監督はこの阿伏兎観音から彼女の内面的なイメージを膨らませていったのではないでしょうか。
観音堂を見終わった後、上で紹介した鐘楼のある踊り場まで戻り、三重石塔まで行くことにしました。
写真左は踊り場の横にあった六地蔵です。写真右は三重石塔から見た観音堂です。
阿伏兎岬南端の海食崖の上に石垣を築き、その上に観音堂が建てられています。
これが三重石塔です。正確にはここが阿伏兎岬の最南端にあたります。
阿伏兎観音を拝観し終えると、今度は遊歩道ではなく下の道路を歩いて県道まで戻り、鞆の浦へと向かいました。
途中、県道にもトンネルがありました。阿伏兎観音まで来た際、宮崎監督もこのトンネルを通ったはずです。
ポニョと宗介が歩いたトンネルはこちらの方が雰囲気が近いですね。
さらに、県道沿いに貯水タンクを発見しました。宗介の家の側には白い水道タンクがありますが、このタンクがモデルになったのかもしれませんね。
もう1つ宗介の家の側にある物で目につくのが、「売地」と書かれた看板です。実際、鞆の浦のあちこちに写真のような看板が立っています。
鞆の浦に戻った頃には足にかなり疲労が蓄積していたのですが、まだ時間があったので仙酔島へ行くことにしました。
乗船料は往復で大人240円です。
船が仙酔島へと近づきます。写真はホテル「人生感が変わる宿ここから」です。
仙酔島に上陸。船着場の近くに小さな海食洞がありました。
仙酔島には海水浴場があります。美しい海岸が多い鞆の浦ですが、まともな海水浴場はここだけのようです。
海水浴場のすぐ後ろに、国民宿舎「仙酔島」があります(写真左)。
この海水浴場は毎年5月に開かれている観光鯛網の出発地になっており、様々な余興も行なわれます。
詳しい様子は「追加レポート」をご覧下さい。
仙酔島にはキャンプ場もあります。もっと島を探検したかったのですが、足の疲労が限界に来ていたのと、時間に余裕がなくなってきたために断念しました。
仙酔島から鞆の浦へと戻り、鞆の浦観光情報センターで適当に時間を潰した後、鞆鉄バスに乗り帰路につきました。写真は帰りのバスの車中から撮った山の上に伸びる送電線です。気がつけば陽が傾いてきていました。
たった1泊2日でしたが、今回はとても充実した旅でした。鞆の浦には実際にポニョの世界が広がっていて、絵になる写真をたくさん撮ることができました。とても風光明媚な場所ですので、ポニョ及び宮崎作品のファン以外の方にもオススメできる観光スポットです。
※3年後の5月、屋久島旅行のついでに再び鞆の浦に立ち寄った私は、この時は見ることができなかった観光鯛網を観覧してきました。その様子を次のページで「追加レポート」として紹介します。
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